サービス残業・パワハラ横行ブラック企業生活で離婚の危機…鬱寸前SEが残業代330万円を取り戻したケース
勤務先がブラック企業の場合、長時間労働をさせられた上に残業代も払ってもらえないケースが多いです。今回は、過去に弁護士が取り扱った中でも、相当に悪質で、依頼者ご本人も相当に参っていたところ、最終的には330万円の残業代を受けられたケースを紹介します。
まずは、弁護士に相談に来られたときのAさんの状態と、相談前の経過から、みてみましょう。
- 残業代を請求することができるのはどんな人?
- 1日8時間以上、週40時間以上働いている人
- 次の項目に当てはまる人は、すぐに弁護士に相談
- サービス残業・休日出勤が多い
- 年俸制・歩合制だから、残業代がない
- 管理職だから残業代が出ない
- 前職で残業していたが、残業代が出なかった
この記事で分かること
「なぜこんなに給料が少ないのか?」疑問を感じていたAさん
今回ご紹介する依頼者のAさんは、都内在住のSEの方です。勤務先は、企業内システムの受諾開発を中心とした事業を行っているシステム開発会社。従業員40人ほどが在籍する中小企業です。
Aさんは40代前半で、奥さまと3人の子どもがいます。奥さまもパートをしていますが、子どもが3人もいるので家計は結構大変でした。
家族はAさんの稼ぎに頼っていましたが、Aさんは、忙しさの割には薄給でした。毎日遅くまで働いていて、休日出勤や夜勤も普通に行っているのに、給料が多くなっていません。
「残業代が足されていないのでは?」
そんな疑問をずっと持ち続けていたそうです。Aさんがその会社に就職したとき、募集要項には所定の労働時間が記載されていましたし、面接の際もそういった説明がありました。
就業規則にも所定労働時間が書かれていますし、超過したら残業代を支払わないといけないことになっているはず。しかし、周囲を見渡しても、みんな夜勤や残業、休日出勤を普通にしていて、誰も残業代をもらっていない様子です。
ずいぶん以前に同僚と飲みに行ったときに「この会社、残業代出ないの、おかしくない?」と聞いてみると、「うちは残業代出ないって言われた…」という話を聞いて、Aさんは「そうなんだ」と諦めていました。
残業が多すぎて子どもとも会えない毎日
毎日終電まで働いて夜勤もあり、夜勤明けにそのまま働かされることもあり、Aさんはへとへとに疲れてきました。
会社からは、午後5時になるとタイムカードを押すように言われますが、その後も業務を強制されました。定時後、従業員同士の「勉強会」を開くように言われて、実際には引き続いて仕事をさせられることもありました。
帰りが遅いので、子ども達の顔を見ることすらほとんどない毎日が続きました。
時間外労働以外でもブラック
実は、Aさんの働いていた職場は、時間外労働以外の点でもかなりブラックでした。まず、パワハラが横行していて、従業員は好きなことを発言できません。上司は突然切れ出すし、気に入った人は優遇されるけれど気に入られなかったら足蹴にされるほどの勢いです。
ワンマン企業なので、平社員も部長も役員も社長を中心に完全な序列ができあがっており、誰も社長には逆らえませんし、上司に意見することもできない雰囲気でした。実際に、「上司の反感を買ってやめさせられた人も多数…」、という噂もあったそうです。
Aさんは、気が弱いのでそのようなことになったら大変と思い、常に波風を立てないように注意していました。また、有休を取りたいなどと言おうものなら「うちには有給制度はない!」と開き直られる状態でした。
Aさんは「有給は、法律上認められているのでは?」と疑問に思って調べてみたら、やはり保証されていることがわかったのですが、そんなことを会社に言おうものなら大変なことになりそうなので、何も言わずに我慢していました。
転職したいけれど、年齢的に無理…
「残業代ももらえない、パワハラが横行していて怖い、こんな会社は辞めてしまいたい」
Aさんは会社を辞めたいと思い、転職活動もやってみましたが、年齢的な問題でうまくマッチする会社が見つかりませんでした。
「この会社で、働き続けるしかないのか…」
諦めて毎日の残業とハードワークに耐えていました。
妻に「浮気」を疑われる
Aさんは残業や休日出勤のせいで、あまりに家にいることがなく、気持ちにも余裕がなくなっていました。妻や子どもと顔を合わせることは少なくなり、たまに顔を合わせたときには、どうしても冷たく当たってしまいます。
このことが原因で、妻から「不倫しているのでは?」と疑われたこともありました。
妻にしてみたら
「最近、いつも帰りが遅い(というよりも、ほとんど家に帰ってこない)」
「前みたいに優しくしてくれない、子どもにも愛情を持っているように見えない(顔すら合わせていない)」
「残業とか休日出勤とか言っているけれど、残業代が払われていないのはおかしい」
ということで、不倫だと思ってしまったのです。
このことで、妻からも激しく責められて、Aさんはうつ病寸前の追い込まれた精神状態になってしまいました。
体力的にも精神的にも限界になり、意を決して会社に「残業代を支払ってもらえないのはおかしくないですか?」と聞くと、恫喝されて返り討ちに遭い、これ以上我慢していると過労か「うつ」による自殺で死んでしまうと思い、弁護士に相談することに決めたそうです。
弁護士が介入して、残業代請求をすることに
Aさんからお話をお伺いしたとき、弁護士として、その会社にはいろいろな問題があると感じました。違法な残業代不払いももちろんですが、36協定に違反している可能性もありましたし、従業員に有休を取らせていないのも違法です。また、不当解雇や退職勧奨も横行していそうでしたし、パワハラ問題もあります。
このように、いろいろな問題はあったものの、まずは未払いになっている残業代を回収することが重要と判断しました。会社の運営を適正な方向に改善しても、Aさんにお金は入ってきませんし、間接的な利益しかないからです。その後のことは、残業代を回収してから検討しましょう、ということになりました。
タイムカードが使えない!
残業代を請求するためには、「残業時間」を証明する必要があります。残業代は、以下の計算式で計算するからです。
- 1時間あたりの基礎賃金×残業時間
Aさんの場合、就業規則や雇用条件の通知書を受け取っていましたし、給与明細もあったので、1時間あたりの基礎賃金は比較的簡単に証明できました。しかし、残業時間の証拠がないことが問題です。
Aさんの会社にはタイムカードがありましたが、毎日定時の5時になるとタイムカードを押されて、その後に実質的な労働をさせられていたからです。タイムカードの記録からは、残業していないことになってしまいます。
そこで、弁護士から、以下のようなものを集められないか聞いてみました。
- パソコンのログイン、ログオフの記録
- 業務上のメールの送受信記録
- 手帳や日記などの時間をメモしたもの
- 業務日報
- 交通ICカード
- タクシーなどの領収証
- 社員のIDカード
Aさんはシステムエンジニアなので、基本的にパソコンで作業をしていました。そこで、使用していたパソコンの記録から、ある程度労働時間を割り出すことができました。また、上司や同僚、取引先とのメールの記録も残っていたので、送受信時刻と照らし合わせることにより、細かい作業で労働時間を計算しました。
Aさんは、基本的に電車で会社に通勤していたので、suicaの利用記録を調べることで、毎日終電で帰っていたことがわかりましたし、休日にも会社に出勤していることを証明できました。
余談ですが、このように本当に残業している事実が明らかになったので、妻からの不倫の疑いは晴れたそうです。そもそも弁護士に相談に行く時点で、今までの辛かったことをすべて妻に打ち明けたところ、妻も泣いて一緒に戦おうと言ってくれたそうです。本当に良かったと思います。
このときAさんから「僕の書いた手帳は証拠になりますか…?」と聞かれました。手帳を見ると、確かに仕事開始時間と仕事終わりの時間は書かれているのですが、それ以外の記載(業務内容や休憩時間など)はほとんど何も書かれていませんでした。確かに手帳やスケジュール帳も証拠になりますが、その内容だと確実とは言えないので、「微妙ですね…」とお答えして、一応預かりました。
弁護士がこれらの記録を元に残業代の計算をしてみると、総額350万円程度に及んでいました。
内容証明郵便で残業代の請求を行い、交渉開始!
このようにして残業代の計算ができたので、いよいよ会社に対する請求を行います。会社には、内容証明郵便で残業代の請求書を送り、別途普通郵便で残業代の計算書を送付しました。
すると、相手の会社から連絡が入り、「残業はさせていない」「タイムカードを確認したが、残業代は発生していない」「勤務態度が悪いのでこっちが損害を受けている」「何を根拠に残業代を主張しているのか?」などと反論されました。
こちらがパソコンの記録や交通ICカードの記録などを示すと、「メールは家から送っていたのだろう」「そこの駅で降りても、会社に来ていたとは限らない」などと弁解をされました。
最終的に、会社から「こっちも迷惑を受けているので、和解金として30万円なら支払っても良い」と言われたので、話にならないと思い、交渉は決裂しました。
労働審判を利用する
交渉が決裂したので、労働審判をするかいきなり訴訟を起こすか、Aさんと相談をしました。
それぞれのメリットとデメリットをお伝えして、最終的にどちらを希望されるか聞いたところ、「訴訟になると時間もかかって負担も重くなるので、いったん労働審判をやってみたい」とおっしゃったので、労働審判の申立の準備を開始しました。
証拠はだいたい揃えていたので、申立書を作成し、労働審判の申立を行いました。労働審判になると相手も弁護士をつけたようで、第1回の調停前に詳細な答弁書を提出してきました。
やはり「タイムカードが存在せず、残業時間が証明できていない」などと主張されており「裁量労働制が採用されている」という主張も付け加えられていました。
「SEは裁量労働制になっており、残業代は給料に込みになっているので個別の残業代を支払わない」というのです。確かに「情報処理システムの設計、分析」の仕事をしている場合には裁量労働制が適用される可能性があります。そうなったら、個別の残業代を請求できません。
Aさんの場合確かにSEであり、情報処理システムの設計・分析の仕事もしていましたが、プログラミングや多少の営業など、それ以外の仕事もしていました。また、自由裁量で働いていたわけではなく、出退勤時間は会社によって管理されていたので、裁量労働制は適用されません。
調停では、そういったことを中心に反論して、残業代の減額には応じないと主張しました。1回目では話合いが成立しなかったので、2回目の調停が開かれました。2回目の調停では、労働審判員から相手へ説得が行われましたが、相手の態度は頑なでした。こちらとしても、大幅な減額には応じられないので、2回目の調停も不調になりました。
3回目の調停。これが最後の話合いの機会ということで、相手とこちら側への説得が行われました。相手は「調停には応じない」と主張したために、審判になりました。審判では、当方に有利な決定が出ましたが、相手が異議を申し立てたため、手続きは訴訟に移行しました。
労働訴訟へと発展
訴訟になっても、相手の主張と当方の主張は、基本的に変わりません。相手は「残業時間の立証が不十分」であることと「裁量労働制が適用される」という主張を主に組み立てていました。
労働訴訟には時間がかかると言われますが、一般に労働審判を経ている事案では、労働審判で争点が整理されている分、訴訟手続きが早く進みます。
争点整理の目途が経った頃、裁判官から強く和解の勧告がありました。Aさんとしても、話合いで払ってもらえるならばそれでかまわないということだったので、和解の席に着きました。
裁判所としては、Aさんの場合、裁量労働制ではないと考えており、当方の主張する残業代をおおむね認める考えを持っているようでした。そして、「判決をした場合には被告に対して「付加金」をつけて支払い命令を出すことになるので、和解した方が得ではないのか?」という方向で、相手を説得してくれたようです。
付加金とは、判決で未払残業代の支払い命令を出すときに、裁判官が会社に対して未払い残業代と同額の支払いを命じることです。つまり、判決になったら、相手は本来の残業代の2倍の金額を支払わねばならないのです。そうだとすると、判決を待った方が当方にとって得かとも思います。
Aさんからもそのような質問があったのですが、実際に1審で付加金つきの判決が出ても相手が控訴する可能性がありますし、控訴審の最中に支払いが行われたら付加金の請求はできません。
また、裁判官は当方に対しても、「立証が完全とは言えないので、和解に応じた方がいいのでは」と説得してきたので、Aさんも、「付加金なしで、残業代を支払ってもらえるなら」ということで、20万円だけ減額し、未払い残業代330万円の一括払いの条件で和解しました。
その後のAさん
その後、Aさんは結局会社を辞めて別会社でSEとして働いています。今度はシステム開発会社ではなく、メーカー内で仕事をしているそうで「以前の会社とは違って残業代も出るし、有休も取れるからとても助かっています」というお手紙を頂いたりもしています。
勤務先の企業がブラックな場合、自分一人で抱え込んでいてもなかなか解決できないものです。ブラック企業で無理矢理働いていると身体も壊してしまうので、辛くなったらすぐにでも弁護士に相談するのが良いですよ!
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