残業代請求の時効は2年から5年へ!2020年民法改正で残業代請求はこう変わる
現在、残業代請求権の時効は2年ですが、民法改正に伴いその期間が5年に延長されようとしています。いつから5年になるのか、もし5年になったらどのような状況が予想されるのでしょうか?今回は残業代の請求権の時効が2年から5年に延長される理由や見込みの時期、対処方法等について解説していきます。
※編注・2020年1月10日「残業代請求の時効は当面3年」の方針が決定しました。
- 残業代を請求することができるのはどんな人?
- 1日8時間以上、週40時間以上働いている人
- 次の項目に当てはまる人は、すぐに弁護士に相談
- サービス残業・休日出勤が多い
- 年俸制・歩合制だから、残業代がない
- 管理職だから残業代が出ない
- 前職で残業していたが、残業代が出なかった
この記事で分かること
そもそも残業代の時効とは?
今回トピックとして取り上げる「残業代の時効」は「債権の消滅時効」という種類の時効です。消滅時効とはある一定期間が経過することによって権利が消滅してしまう時効です。
残業代が発生すると労働者は企業に対して「残業代請求権」という権利を取得します。しかし一定期間行使しないと残業代請求権が消滅時効にかかり、権利が失われて請求できなくなってしまいます。残業代を回収するには必ず「時効の期間内」に請求しなければなりません。
時効成立前に裁判を起こして請求をしたり企業側に支払い義務を認めさせたりしたら、消滅時効の進行が止まって残業第請求権を守れます。
現在の残業代の時効はどうなっているの?
現在の残業代の時効期間は2年
現在も残業代請求権には時効が適用されます。労働基準法により、残業代を含む賃金関係の請求権は2年で時効にかかると規定されています(労働基準法115条)。よって、現在の法制度の場合、残業代が発生しても2年が経過したら請求できなくなってしまいます。
残業代請求権の時効期間はいつから起算するか
残業代請求権の時効期間を計算するときには「いつから2年を数えるか」を特定しなければなりません。このように「時効をいつから計算するか」という時点を「時効の起算点」と言います。
債権の事項の起算点は「相手に請求できる状態になったとき」です。残業代請求権の場合、その残業代が支給されるべき給料日が到来したら請求可能となりますので、そのときから2年を数えます。ただし民法では「初日不算入の原則」が適用されます。これは、期間計算の際に初日をカウントしない決まりです。残業代請求権の場合にも給料日は含めず給料日の翌日から2年を計算します。
たとえば2017年10月25日に給料日があった場合、そのときに支給されるべき残業代は2019年10月25日の経過をもって時効消滅します。
残業代の時効が延長される理由
今回、法改正により残業代請求権の期間が2年から5年に延長されようとしています。いったいなぜ、今のタイミングで残業代請求権の時効が延ばされるのでしょうか?理由をみてみましょう。
現在の労働基準法は民法の特則
今回の残業代請求権の時効延長には「民法改正」が深く関わっています。実は今、約120年ぶりに日本の民法が大幅に改正されようとしています。民法は明治時代の考え方を引きずっており現在の社会ニーズに合致していないので、改正によってより現状に適したものに大幅に変更される予定です。
現行民法の短期消滅時効とは
現行民法では、債権の消滅時効期間は債権の種類によってばらばらです。原則的な債権の時効は10年ですが、宿泊費や飲食代金、売掛金や労働債権などについては「短期消滅時効」が定められています。短期消滅時効が適用されると、時効期間が1年や2年などに短縮されます。
賃金・残業代を含む労働債権にも短期消滅時効が適用され、「1年で時効消滅する」ことになっています(民法174条2号)。つまり現行民法の原則によると、残業代請求権は1年間しか保全されないのです。
労働基準法が労働者保護のため時効を延長している
残業代や不払い賃金の請求をするためには証拠集めなどの準備も必要ですし、会社との交渉が長びくケースもあるでしょう。1年などすぐに経過してしまいます。それにもかかわらず賃金請求権が1年で消滅すると、労働者が請求できなくなる可能性が高くなって不合理です。
民法の原則を貫くとあまりに労働者に不利益が大きくなるため、労働基準法が民法の原則を曲げて賃金請求権の時効を2年に延長しています。つまり労働基準法は労働者保護のために民法の原則を修正した特則なのです。
民法改正により、労働基準法の方が短くなってしまう
ここで民法改正の話が登場します。改正民法では原則的に「すべての債権の時効が5年」に統一される予定です。1年の短期消滅時効が適用されていた労働債権についても短期消滅時効制度自体が撤廃されるので5年に延びます。それにもかかわらず労働基準法が現行の2年のままだと、労働基準法の方が民法の時効期間より短くなってしまう矛盾が発生します。
労働基準法はもともと労働者を保護するために民法の原則を曲げて時効を2年に延長したのに、民法改正によって今度は労働基準法が労働者の権利を制限してしまう状態になるのです。
民法改正に伴って労働基準法を改正する
労働者保護のための労働基準法が逆に労働者の権利を制限する事態は余りに不合理なので、是正の必要があることは明らかです。そこで政府は民法改正に伴い、早急に労働基準法も改正しようとしています。
見込みとしては労働基準法が定める賃金や残業代請求権の時効期間が2年から5年に延長されて、民法と同じになる予定です。
新労働基準法が施行されれば、それ以後に発生する残業代請求権は5年間請求できるようになります。
トピック:残業代の時効は2年→3年になる?
政府ではいきなり2年から5年に延長されると企業への負担が大きくなりすぎるため、まずは3年に延ばしてはどうか?という案も出ています。経過措置として3年に延長し、その後5年に延ばすイメージです。
2019年10月に報道されたばかりのトピックで、公式に発表された情報ではないため、確実性については何とも言えません。いきなり5年になるのか3年のクッションを置かれるのか、経緯を見守っていきましょう。
編注・2020年、残業代請求の時効は当面3年に決定しました
本記事は2019年10月段階での情報をまとめたものです。2020年1月10日、経営者側の代表と労働者側の代表が参加した第159回労働政策審議会労働条件分科会にて労使の代表双方が合意し「残業代請求の時効は当面3年」の方針が決定しました。この方針の変更点について詳細は本記事と合わせて下記記事をご参照ください。
残業代請求権の時効はいつから延長されるのか?
残業代請求権の時効はいつから延長されるのでしょうか?
これについては現時点ではまだ確定していません(2019年10月現在)が、2020年には施行予定とされています。
というのも改正民法の施行時期は、2020年4月1日からに決まっています。労働基準法の改正時期がそれより遅れると「民法の原則よりも労働基準法の特則の方が残業代請求権の時効が短い」という不合理な事態が発生します。できるだけそういった状況が発生しないように、早めに改正作業を行おうとしているのです。
政府は2019年中には法案を作成・提出し、2020年内には施行予定としています。
多少遅れる可能性はあっても、今後1~2年の間に残業代請求権の時効が5年となることはほぼ確実と言えるでしょう。
残業代請求権の時効が延長されたらどうなるの?
労働基準法の改正によって残業代請求権の時効が延長されたら何が変わり、どのような状況が予想されるのでしょうか?
改正後の残業代の時効期間計算方法
法改正によって時効期間が延長された後の残業代の時効期間計算方法は、以下のようになります。残業代の時効起算点は「残業代を含む給与支払い日」ですから、その翌日から5年を数えます。残業代請求権が発生してから5年が経過するまでは残業代請求が可能となります。
改正後の残業代の時効期間計算の具体例
法改正によって時効が延長されたらどのように残業代を請求できるようになるのか、具体例を示します。以下のようなケースを考えてみましょう。
- 2020年9月25日、10万円の残業代が不払い
- 2020年10月25日、12万円の残業代が不払い
- 2020年11月25日、11万円の残業代が不払い
- 2020年12月25日、15万円の残業代が不払い
- その後退職
上記のような方の場合、2025年9月25日までは合計48万円の残業代を請求できます。
2025年10月25日までは38万円、2025年11月25日までは26万円、2025年12月25日までは15万円の残業代を請求できます。
これまでは退職後2年以内に請求しなければならなかったので2022年9月~12月が経過したら残業代請求をあきらめざるを得ませんでしたが、今後は5年間請求可能となるのでその後3年間であればいつでも請求できるようになります。
多額の残業代を回収できるようになる
法改正後は過去5年間に遡って残業代を請求できるようになるので、労働者側が多額の残業代を請求できるようになります。
たとえば現状の2年の時効制度下でも、残業代不払いの事案で企業側に対し、過去の不払い残業代として700万円以上の支払い命令が出ている判決があります。単純計算で時効が2年から5年に延びると残業代は2.5倍になるので、上記のようなケースの場合、企業側に1,750万円もの支払い命令が出る可能性があります。
これまでは「残業代請求なんて、できるとしても少額だから」とあきらめていた方でも、これからは5年分蓄積することによって多額の回収が可能となるでしょう。
従業員の意識が高まって残業代請求しやすくなる
法改正が行われた場合、労働者1人1人の残業代請求額が増えるだけではありません。ニュースなどでも残業代の時効延長について報道されたり特集が組まれたりするでしょう。そうなれば、多くの労働者が「残業代が未払いになっている」という意識を持ち、残業代請求をしようという気持ちになる可能性があります。
今までは職場の誰も残業代請求をしなかったので遠慮していた方や残業代を意識しなかった方も、残業代請求をしやすい環境になるでしょう。
退職した従業員も残業代請求しやすくなる
現行の制度では残業代請求権の時効は2年です。退職後も請求可能ですが、通常は退職すると転職活動や次の職場へなじむために心機一転して仕事に取り組む必要などがあり、2年という期間は短いものです。毎日忙しくしている間に2年が経過してしまった、また2年近くが経過して「もういいや」とあきらめてしまう労働者も多数存在しました。
しかし時効期間が5年になると話は違います。退職後、別の職場に転職して落ち着いてきたところで「そういえば前の職場で残業代をもらっていなかった」と思い当たればそれからでも対応が間に合います。弁護士のところへ相談に行き、過去に遡って残業代請求に及ぶことも充分可能となります。
以上のように、労働基準法改正による残業代請求権の時効延長は「労働者にとっては追い風」となります。今後、法改正時期がいつになるのかを見守りつつ、日頃から残業代を不払いにされているならこれを機に請求すると良いでしょう。
有給取得権の時効も延長される可能性がある
有給取得権の時効が5年に延長される?
現在、残業代などの給与債権だけではなく「有給の取得権」も2年に延長しようか?と言う話が出ています。有給取得権は「働かなくても給料をもらえる権利」なので「賃金請求権」と性質が似ているからです。現状、有給取得権の時効は2年なので、これも法改正のタイミングで5年に延長すべきではないかと言われています。
ただし有給休暇は「仕事をせずに労働者を休ませるための制度」であり、必ずしも賃金請求権とイコールではありません。人によって有給が認められるケースと認められないケースがありますし、認められる有給の日数も異なります。
残業代請求権の時効延長については「ほぼ確実」な状況ですが、有給取得権の時効延長についてはそこまでの確実性はありません。今後の議論の流れを見守っていく必要があります。
有給の時効が延長されるとどうなる?
仮に有給取得権の時効が5年に延長されたらどうなるのでしょうか?
1年に取得できる有給の日数は人によって異なりますが、最大で20日です。時効が5年になると最大100日の有給を消化できるようになります。労働者としては、有給を計画的に消化させる対処が必要となるでしょう。有休取得に理由は問われないので毎年の有給を有効活用し、それでもたまってしまった分は消滅する前にしっかり消化しましょう。
残業代の時効延長に伴い、予想される企業側の対応と労働者への影響
残業代請求権の時効が延長されるに伴い、企業側には最低限以下のような対応を要求されます。労働者側にも影響のあることなので、知っておきましょう。
不払い残業代を清算
現状で不払いにしている残業代があれば、すべて清算しようとする企業が現れるでしょう。残業代不払いの体質を残していると、法改正後に多くの労働者から過去に遡って残業代請求を受けて企業経営が圧迫されるリスクが高まるからです。
これを労働者側からみると、法改正前に企業側からこれまでの残業代の精算を提示される可能性があるといえます。
徹底した労務・賃金管理
今後は徹底した労務・賃金管理を行い、残業代不払いが発生しないように対応する企業が増えるでしょう。36協定違反や異常な長時間労働はもっての外であり、労働者には適切に働いた分の賃金を払わねばなりません。
労働者にとっては、これまでずさんな管理をされていた残業代がきちんと管理されるようになって支払いを受けられるようになる可能性があります。
就業規則の見直し、残業の許可制度導入
現状の就業規則や残業制度の見直しが行われる可能性もあります。残業代が青天井で増えると企業が倒産する可能性もありますから、可能な限り残業を減らし、許可制などが導入されるでしょう。各労働者に分業体制が敷かれたり原則残業禁止とされたりする可能性もあります。今後あなたの勤務先でも、残業に関する制度が変更される可能性が高くなります。
労働者側の心構え
労働者としては、今後の法改正によってどのような心構えを持つべきでしょうか?
大切なのは「過去の分も5年までなら遡って残業代請求できる」という意識を持つことです。今までは「過去の分の残業代なんてたいした金額にならないだろう」と放置していた方でも、5年分が蓄積されれば大きな金額になる可能性が高まります。
「残業代が支払われていないかも」と少しでも疑問を感じるなら、そのままにせずに弁護士などの専門家に相談しましょう。
現在でも2年を超えて残業代請求できるケースとは?
現行の法制度では、残業代請求権の時効は2年です。ただし現状でも3年間の残業代請求が認められた事例があります。会社が意図的に労働時間を把握せず残業代不払いを続けていたことが「不法行為」と認定されたケースです。不法行為の時効は「損害と加害者を知ってから3年」なので、労働者が残業代不払いに気づいてから3年間、権利が保全されました。
現状でも企業側の対応が悪質な場合には3年間の残業代請求をできる可能性があるので、心当たりのある方は弁護士に相談してみてください。
残業代絡みで対応に迷ったら弁護士に相談を
残業代については、素人ではわからないことも多いものです。
- そもそもどうやって計算すれば良いのか?
- どのような証拠を集めたら良いのか?
- 企業が払ってくれない場合どう対応するのが有効か?
迷ってしまい、一人で悩んで諦めてしまう方もおられます。そんなとき、あなたを助けてくれるのは弁護士です。
まずは未払い残業代が発生しているかどうかを判断してくれて、どの程度請求できそうか見込みを立ててくれるでしょう。適切な残業代の証拠収集方法や企業側への請求方法についてもアドバイスしてくれます。自分で対応するのが困難な場合、弁護士に会社との交渉や労働審判、労働訴訟などを依頼することも可能です。今後残業代請求権の時効が5年に延長されて多額の残業代を請求できるようになったら、弁護士費用を支払っても十分な利益を得られるようになるでしょう。
これまで残業代不払いに泣き寝入りされていた方も、諦める必要はありません。足を一歩踏み出して、労働問題に積極的に取り組んでいる弁護士事務所の門をたたいてみてください。
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