残業代ゼロ法案が成立するとどうなる?|残業代に関する法律
2015年に閣議決定されたものの、労働者から反対の声が根強く、未だに審議が行われていない残業代ゼロ法案。残業代ゼロ制度には期待できる部分もありますが、さまざまな懸念事項も含まれています。残業代ゼロ法案の内容とはどのようなものなのか、またそのメリット・デメリットについても併せて説明します。
- 残業代を請求することができるのはどんな人?
- 1日8時間以上、週40時間以上働いている人
- 次の項目に当てはまる人は、すぐに弁護士に相談
- サービス残業・休日出勤が多い
- 年俸制・歩合制だから、残業代がない
- 管理職だから残業代が出ない
- 前職で残業していたが、残業代が出なかった
残業代ゼロ法案は労働時間より成果を重視する制度を作るための法案
2015年4月3日に安倍政権で「労働基準法等の一部を改正する法律案」が閣議決定され、同年1月から始まった通常国会に提出されました。この法案が、いわゆる「残業代ゼロ法案」と呼ばれるものです。しかし、労働者や専門家からの反対も根強く、2017年現在未だ残業代ゼロ法案についての審議は行われていません。
残業代ゼロ法案とは
残業代ゼロ法案とは、労働時間ではなく、労働の質や成果に応じて労働者に給与を支払うとするものです。残業代をゼロにすることで、その分業務効率や労働生産性が向上し、日本全体の経済成長にもつながることが期待されています。
一方、成果だけを追い求めると過重労働がますます助長される可能性があることから、この法案が出てきた頃から各方面からの反対の声が上がり続けています。専門家の間では、残業代ゼロ法案は「過労死促進法案」「定額使い放題」法案などと揶揄されることもあります。
会社勤めをしている人で管理職についている場合は、すでに残業代は支払われていないケースが圧倒的多数となっていますが、残業代ゼロ制度が実現化されれば、管理職以外のすべての労働者が残業代ゼロの対象となるかもしれません。
残業代ゼロ法案がでてきた背景
では、なぜ残業代ゼロ法案が提案されたのでしょうか?その理由とは、日本人の労働生産性の低さにあります。
2015年の時点で、日本の労働生産性はOECD加盟国35カ国の中で22位となっており、一時期経済危機に瀕していると騒がれたギリシャ(21位)よりも順位が低くなっています。また、主要先進7カ国(G7)の中では、調査が始まった1970年より現在まで日本はほぼずっと最下位をキープしており、その労働生産性は1位のアメリカのおよそ6割程度にとどまっています。労働生産性の向上については、なんらかの対策を打つことが急務であると言えるでしょう。(※1)
政府は、日本の労働生産性の低さの原因について、長時間働くほど給料がもらえる従来の給与体系に着目しました。そこで、従来から存在していた労働時間単位で給与を支払う制度をなくし、労働者一人ひとりが出した成果や労働の質を評価して給与を支払う方針に転換しようとしたのです。残業代ゼロ法案に関する政府の狙いも、「短い時間・労力で質の高い経済成長を目指そう」というところにあります。
残業代ゼロ法案の特徴
さまざまな方面から批判が多い残業代ゼロ法案(制度)とは、どういうものなのでしょうか。その特徴や適用される職種・条件などについても探っていきたいと思います。
残業代ゼロ制度の中身は「裁量労働制の拡大」と「高度プロフェッショナル制」
残業代ゼロ制度のメインとしては、主に「裁量労働制の拡大」と「高度プロフェッショナル制」の2つがあげられます。それぞれが持つ意味について、懸念されることと併せて見ていきましょう。
①裁量労働制の拡大
裁量労働制とは、専門的な職種の労働者について、一定時間労働したとみなす制度です。この適用を拡大することによって、労働生産性の向上を図るねらいがあります。しかし、提案型営業などの外勤型労働者にも脱法的に適用されるおそれがあると言われています。
②「高度プロフェッショナル制」
高度プロフェッショナル制とは、その名の通り高度な専門的知識を有する労働者を対象に、労働時間と賃金のリンクを切り離して給与を支払うものです。しかし、この条件にあてはまる労働者がいわゆる「過労死ライン」を超える労働を強いられることが懸念されています。
残業代ゼロ制度が適用される職種や条件
今のところ、残業代ゼロ制度が適用されるのはごく一部の職種・条件に当てはまる労働者のみとされています。割合で言うと、この制度の適用となるのはサラリーマンのおよそ数%にとどまるものと見られています。
残業代ゼロ制度の対応職種は「企画業務型」の一部
残業代ゼロ制度が適用される職種は、開発・分析・研究などの企画業務型と言われる職種の中でも、一部の職種のみとなります。具体的には、以下のような業務が該当します。
- 金融商品の開発業務
- 金融商品のディーリング業務
- アナリスト 業務(企業・市場等の高度な分析業務)
- コンサルタント業務(事業・業務の企画 運営に関する高度な考案又は助言の業務)
- 研究開発業務 等
残業代ゼロ制度の適用条件
残業代ゼロ制度の適用条件は以下の通りです。
- 職務の範囲が明確に定められていること
- 職務記述書などに署名する形で同意すること(希望しない労働者には制度は適用されない)
- 年収1075万円以上
- 年少者(満18歳未満)には適用しない
残業代ゼロ制度のメリットとデメリット
さまざまな懸念材料のある残業代ゼロ制度ですが、この制度が導入された場合、メリットとデメリットとしてはどのようなものがあるのかについて見ていきましょう。
残業代ゼロ制度のメリット
残業代ゼロ制度が導入されれば、いくら残業しても所定労働時間外に働いた分の賃金は支払われないことになるので、なんとか定時までに上がろうと努力する人が増えるでしょう。その結果、単位時間当たりの業務効率や生産性がアップすることが見込まれます。
①業務効率が上がる
残業代がつかなくなると、今まで残業代を稼ぐために終業時間以降もダラダラ残って仕事をしていた労働者が、定時までに帰れるように努力するようになることが予想されます。その結果、労働者は業務の効率化に真剣に取り組むようになるでしょう。
②短い時間で成果を上げられる人が多くなる
各自が業務効率を上げた結果、より短い時間で成果・効果を上げられる労働者も増えてくるかもしれません。そうすると、そのような労働者たちが業務効率化に貢献したとして会社で評価され、該当者にはインセンティブがついたり昇給したりする可能性も出てきます。
残業代ゼロ制度のデメリット
しかし、残業代ゼロ制度の導入にはデメリットもあります。会社経営者に残業代を支払わないための口実に使われたり、なかなか成果の出せない労働者が長時間労働を強いられたりする可能性もゼロではありません。
①会社側に恣意的に利用される可能性
残業代ゼロ制度は会社側に恣意的に利用される恐れがあると言われています。この制度が適用されるのは原則として年収1075万円以上の労働者となってはいますが、労働組合からの申請があれば、年収1000万以上でなくても制度の適用が可能なため、残業代を払わない口実に使われるおそれがあります。
②成果と賃金が見合わないことが出てくる
労働者の実務経験や能力の違いにより、成果と賃金が必ずしも連動しない可能性もあります。たとえば、100万円分の成果を出すために、ベテランなら月に100時間働けばよいところが、慣れない新人や仕事の遅い労働者の場合は月に200時間かかることもあります。そうなれば、「仕事の遅いほうが悪い」との考え方も出てくるかもしれません。
③人事評価が難しくなる
また、人事評価が難しくなることも懸念材料のひとつです。何をもって成果とするかは会社によって考え方が異なるため、同業者の間でも会社ごとに評価基準のズレが出てくることが予想されます。また社内でも、仕事の経験値の違いによっても評価の仕方を変えなくてはならないこともあるでしょう。
残業代ゼロ法案のゆくえに注目しよう
残業代ゼロ法案は、2015年1月から始まった通常国会には提出されたものの審議は見送られ、2017年6月現在もまだ成立の見通しは立っていません。しかし、2017年に政府が「働き方改革実行計画」を策定したこともあり、これから審議が本格化されることも予想されます。労働者の立場としては、今後この法案が可決成立されるのか、残業代ゼロ制度が導入されたらどうなるのかについて注意深く見守ってゆく必要があるでしょう。
(※1)公益財団法人 日本生産性本部「労働生産性の国際比較 2016年版」pp.3-5
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